【新丸子駅】かつては武蔵小杉より栄えてた名駅!歓楽街と花街の歴史をリサーチ!

新丸子駅

東急東横線、目黒線の2線が利用可能な各停駅の新丸子駅。1日の利用人数は2.7万人と近隣の駅に比べるとやや少ない。

現在では武蔵小杉が川崎市を代表する街として知られていますが、江戸時代から明治時代にかけて栄えていたのは、むしろ新丸子周辺でした。しかし時代は流れ、隣の武蔵小杉が超高層マンションが立ち並ぶ近未来都市へと大変貌。一方、新丸子は大規模再開発に飲み込まれることなく、昔ながらの商店街と人情味あふれる街並みを今も色濃く残しています。

今回は、地理条件よりも歴史を調べた方がこの街の魅力が見えてきました。そんな新丸子をレポートします。

島式ホーム2面4線を有する高架駅で入り口は1ヶ所。

 

駅名の由来

横浜駅があるから新横浜駅がある様に新丸子駅があるという事は丸子駅はどこにある?と思った方は多いでしょう。しかし実際は丸子駅という名称の駅は存在しません。

実は、現在の沼部駅が、もともとは「丸子駅」でした。

沼部駅の変遷は次のようになっています。

1923年:「丸子駅」開業
1924年:「武蔵丸子駅」に改称
1926年:「沼部駅」に改称(現在の駅名)


1926年(大正15年)の開業時、現在の東急多摩川線にすでに「丸子駅」(現在の沼部駅)が存在していました。そこで両駅が混同されないよう、対岸に新しく誕生した駅という意味で「新丸子駅」と名付けられました。

一方、「丸子」という地名自体はさらに古く、中世にこの一帯にあった「丸子荘(まるこのしょう)」という荘園に由来すると考えられています。つまり、「新丸子」は100年前に生まれた駅名ですが、「丸子」という名前そのものは数百年もの歴史を持っているのです。

 

街の住みやすさを評価

💰家賃相場  ★★★☆☆ 
→武蔵小杉相場でやや高めも、都心近く妥当


🚃交通利便性 ★★★★☆
→各停駅も2線利用可能


🚗車利用   ★★☆☆☆
→高速までの距離微妙。近隣渋滞。

🛒ショッピング ★★★★☆
→商店街充実。個人商店活気あり。


🍜グルメ   ★★★★☆
→ロードサイド、商店街内に充実。


🛡️災害安全度 ★★★☆
→多摩川沿いで治水完備も近年不安


🏥生活インフラ ★★★★☆
→商店街が充実。病院やや少な目

「武蔵小杉ほど便利ではないが、人の温かさや商店街の魅力の街」

 

新丸子駅周辺の家賃相場

間取り家賃相場
ワンルーム約8.8万円
1K約10.9万円
1DK約12.9万円
1LDK約17.2万円
2LDK約24.6万円
3LDK約28.9万円

 

川崎市内の一般的な駅と比べると高めですが、武蔵小杉エリア全体で見ると「やや抑えめ」という位置付けです。

 

こんな人におすすめ!居住者タイプ別評価

単身男性   ◎  物件多目、買い物外食充実
単身女性   ◎  夜でも人通り多目。歓楽街はほぼなし
カップル   ◎  交通・買い物・飲食店のバランス〇
ファミリー  〇  緑地多目も、子供過多が課題
学生     ◎  付近に大学有。都心通学も〇
高齢者    ◎  フラットな地系で快適
外国人    〇  国際色高くないが、生活しやすい

家賃相場に見合った好バランス駅

 

商店街・商業施設

【iDAiモール】

新丸子駅西口から日本医科大学武蔵小杉病院へ続くストリート。病院へのメインアプローチとなる商店街で、飲食店やドラッグストア、薬局などが立ち並び新丸子で最も栄えた商店街。武蔵小杉の大型商業施設とは対照的に、地域密着型の個人商店が多く、病院利用者や近隣住民の日常を支える生活商店街として親しまれています

 

【ウィズモール】

新丸子駅西口を出て、東急東横線の線路沿いを武蔵小杉方面へ延びる商店街。
名前から大型商業施設のようにも見えますが、実際には個人商店や飲食店が集まる昔ながらの駅前商店街です。

飲食店、スーパー、書店、和菓子店など生活に密着した店が並び、加盟店は約70店舗。川崎フロンターレを応援する商店街としても知られています。

 

【西口通新栄会】

ウィズモールとiDAiモール(医大モール)のそばにあるが、これらの商店街に比べるとやや地味で「生活道路」としての役割が強い。

 

【東栄会】

新丸子駅東口側一帯の商店街。約300mにわたって店舗が連なり、チェーン店だけでなく個人商店も数多く営業しています。地域密着のイベント「びっくり市」を開催するなど、昔ながらの商店街文化を今も受け継いでおり、新丸子の東口を代表する商店街として親しまれています。

 

【東急ストア新丸子店】

新丸子駅西口に直結するスーパーマーケットです。朝から夜まで営業しているため、通勤・通学帰りの買い物にも便利です。駅前立地ならではの利便性が高く、新丸子の住みやすさを支える生活インフラの一つとなっています。

見どころ・散歩スポット

【丸子橋】

新丸子駅から徒歩約10分。多摩川の開放感を味わえるだけでなく、武蔵小杉のタワーマンション群と新丸子の街並みを同時に眺められる、新丸子を象徴するビュースポットです。都県境に架かる橋として、古くから人や物の往来を支えてきました。踊ってるだけの日村~♪で有名な住友生命のCM(バナナマン出演)のロケ地としても知られている。

 

【多摩川スピードウェイ跡】

現在の多摩川スピードウェイ跡周辺。1936年(昭和11年)に開設された日本初の常設自動車サーキットで、全長約1,200mのオーバルコースと約3万人を収容できる観客席を備え、「東洋一」とも称されました。現在は広々とした多摩川河川敷となっており、当時のサーキットは残っていません。しかし約90年前、この場所には日本初の常設自動車サーキットが造られ、多くの観客がレース観戦に訪れていました。

※写真は多摩川スピードウェイ跡周辺の河川敷です。

 

京濱伏見稲荷神社

新丸子駅から徒歩約8分にある朱色の千本鳥居が印象的な神社です。1951年(昭和26年)に京都の伏見稲荷大社から御分霊を勧請して創建され、商売繁盛や家内安全、開運招福などのご利益があるとされています。境内には連なる鳥居が並び、まるで京都・伏見稲荷大社を訪れたかのような雰囲気を気軽に味わえることから、写真撮影スポットとしても人気を集めています。

 

💡【新丸子駅前の謎 その1】なぜ武蔵小杉駅との距離がたったの500mなのか?

新丸子駅と武蔵小杉駅の距離は約500mしかありません。乗車時間は約1分、東横線で最も駅間が短い区間です。
「こんなに短いのに必要なの?」
「もう少し北側に設置で良かったのでは?」
「中原街道沿いの方が便利じゃん!」
などの考え出てくるでしょう。

実は、この近さには歴史的な理由があります。

東横線が開業した1926年、現在の武蔵小杉駅はまだ存在していませんでした。当時、新丸子駅の次の駅は元住吉駅だったのです。

その後、JR南武線の発展や周辺の工業化が進み、東横線との乗り換え駅が必要になったことから、現在の武蔵小杉駅が誕生しました。つまり、武蔵小杉駅の後に新丸子駅ができたのではなく、後から武蔵小杉駅を追加したため、結果として約500mという非常に短い駅間になったのです。

現在では武蔵小杉がターミナル駅へと成長しましたが、新丸子は昔ながらの商店街や住宅街を残し、徒歩圏で武蔵小杉の利便性も享受できるという、少し珍しい関係の駅になっています。実はこの500mこそが、新丸子の住みやすさを支える大きな魅力なのです。

💡【新丸子駅前の謎 その2】武蔵小杉駅より栄えていた頃、この場所には何があったのか?

現在では武蔵小杉駅周辺が川崎市を代表する繁華街となっていますが、実は昭和初期までは新丸子周辺の方が人で賑わっていました。

その理由は、多摩川を渡る「丸子の渡し」と「中原街道」です。

丸子の渡しは江戸時代から昭和9年(1934年)まで、東京と神奈川を結ぶ重要な交通手段でした。中原街道を行き交う旅人や商人、荷車はこの渡しを利用し、新丸子周辺には旅籠や茶屋、商店などが集まり、大いに栄えました。さらに昭和初期には料亭や芸妓が集まる「新丸子三業地」も形成され、最盛期には約25軒の料亭と100人近い芸妓がいたと伝えられています。

しかし、1934年に丸子橋が開通すると渡し船の役目は終わり、人や物流の流れは大きく変化します。さらに戦後はJR南武線と東急線が交わる武蔵小杉駅周辺の開発が進み、商業や行政の中心は武蔵小杉へと移っていきました。

つまり、新丸子は「武蔵小杉の陰に隠れた街」ではありません。むしろ武蔵小杉が発展する以前、新丸子駅周辺がこの地域の中心だった街なのです。今でも活気ある商店街が残っているのは、その長い歴史の名残と言えるでしょう。

 

💡【新丸子駅前の謎 その3】新丸子の歴史を時系列にまとめると見えてくるものは何か?

その1、その2の謎を時系列でまとめてみる

新丸子400年の歴史
《江戸時代》:江戸と平塚・小田原方面を結ぶ重要な街道中原街道が通っていた
  ↓
街道の途中に多摩川があり、渡し場として街道の拠点となる
 ↓
《明治時代》渡し場周辺に「茶屋」「旅籠」「飲食店」ができ、人が集まるようになる
 ↓
《1889年:明治22年》丸子橋(木橋)が完成。渡し船から橋へ変わったことで、人や荷物の流れがさらに増える
 ↓
《大正時代》多摩川が景勝地・行楽地として人気になる。「川遊び」「花見」「料亭」が栄え巨大料亭「丸子園」が誕生。京浜地区有数の遊び場となる
 ↓
《1926年:昭和元年》東横線・新丸子駅開業。都心から電車一本で遊びに来られるようになり、さらに発展。
 ↓
《昭和初期》には新丸子三業地(花街)多摩川スピードウェイができ最盛期を迎える※三業とは接待・宴会・芸事を楽しむ上品な社交
 ↓
《1944年:昭和19年》南武線武蔵小杉駅誕生、翌年東横線武蔵小杉駅誕生
戦災で丸子園や花街が大きな被害を受け、武蔵小杉駅は工場の街として栄え始める
 ↓
《2000年代前半》武蔵小杉駅が再開発され現在のようなタワマン・大型商業施設街になり始める

こうして見ると、新丸子は「渡し場」「景勝地」「歓楽街」と時代ごとに姿を変えながら発展してきた街であり、武蔵小杉は「工場の街」から「再開発の街」へと大きく変貌したことが分かります。現在は武蔵小杉が主役に見えますが、その歴史の長さでは新丸子が大きく先輩なのです。

まとめ

今では気取らない商店街が広がる新丸子ですが、昭和初期には料亭が立ち並び、芸妓が行き交う「新丸子三業地」として栄えていました。現在の穏やかな街並みからは想像もつかない、京浜屈指の花街だったのです。

現在は武蔵小杉が全国的な知名度を誇りますが、その陰には400年以上にわたり人々が集まり続けてきた新丸子の歴史があります。武蔵小杉を訪れる際は、ぜひ一駅歩いて、この歴史ある街並みにも足を運んでみてはいかがでしょうか。

住みやすさでは駅周辺に4つの商店街が広がり、武蔵小杉駅まで徒歩圏という恵まれた立地から、生活利便性の高い住宅地として多くの人に親しまれています。都心へのアクセスの良さと落ち着いた街並みを兼ね備え、武蔵小杉の利便性も享受できる新丸子は、派手さこそありませんが、長い歴史の中で培われた魅力が今も息づく駅前でした。

 

おまけ

サッカーの川崎フロンターレの本拠地とどろきスタジアムが近く、街はフロンターレカラーとなっております。

 

2002年には、ゴマフアザラシ『タマちゃん』が多摩川・丸子橋付近に現れ、日本中の注目を集めました。新丸子駅から徒歩圏ということもあり、多くの見物客が訪れ、一時は街が大きな賑わいを見せました。 

 

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