港町駅を降りると、まず目に入るのが多摩川沿いに並ぶ3棟のタワーマンション「リヴァリエ」です。
A棟・B棟・C棟の3棟で、総戸数1,394戸という、かなり大規模なマンション群です。


しかし、ここで疑問が湧きます。
港町駅は京急川崎駅からわずか1駅とはいえ、京急大師線の途中駅。もともとは1日3,000人程度しか利用していなかった小さな駅です。
なぜ、そんな場所にタワーマンションを3棟も建てたのでしょうか?
答えの一つは「巨大な工場跡地があったから」
現在リヴァリエが建つ場所には、かつて日本コロムビア川崎工場がありました。


2枚の年代別写真。真ん中の+の個所が港町駅。
左がかつての港町駅周辺。駅の北側にはコロムビア川崎工場が広がっています。
右が現在。同じ場所に3棟のタワーマンション「リヴァリエ」が建っています。
この工場は1909年に操業を開始し、同年には国産第1号となる円盤レコードを製造。長年にわたり日本のレコード産業を支えた場所でした。
つまり現在のタワマン街は、もともと細かな住宅が集まっていた土地を買収して造ったわけではなく、駅前にまとまった広大な工場跡地が生まれたことが大きかったわけです。
しかも京急川崎までたった1駅
もう一つ大きいのが交通条件です。港町駅から京急川崎駅まではわずか1駅。
リヴァリエはA棟が港町駅徒歩1分、B・C棟も徒歩2分というほぼ駅前直結といえる立地です。
「大師線の小さな駅」と考えると意外ですが、川崎駅の隣駅+駅徒歩1~2分+多摩川沿いと考えれば、マンション用地としてかなり魅力的な条件だったことが分かります。
マンションだけでなく駅まで作り直した
さらに面白いのがここです。リヴァリエを開発したのは、京急電鉄と大和ハウス工業。そして京急はマンション建設に合わせて、2013年に港町駅そのものもリニューアルしました。
つまり、工場跡地にマンションを建てる
→ 駅もきれいにする
→ 保育園や店舗、クリニックなども整備する
→ 新しい住民を呼び込む


このように鉄道会社ならではの街づくりだったんですね。その効果は数字にも表れています。
リヴァリエ販売前の2011年度には約3,000人だった港町駅の1日平均乗降客数が、2016年度には約7,000人まで増加しました。
2倍以上です。
タワマンが建ったから「小さな駅」ではなくなった
こうして見ると、「なぜこんな小さな駅にタワマンを3棟も?」という疑問は、少し順番が逆なのかもしれません。
小さな駅だった港町に巨大な工場跡地が生まれ、そこを京急が住宅地として再開発したことで、駅そのものの性格が変わった。
ということですね。これ、港町を歩いているとかなり実感できます。
駅の片側には近代的なタワーマンションが3棟並び、そのすぐ近くには川崎競馬場。少し歩けば昔ながらの川崎の街並みも残っています。
「タワマンが3棟建った」というより、工場の街だった港町に、突然ひとつの新しい街が誕生した。
そんな見方をすると、港町駅前がさらに面白く見えてきます。

