洋光台駅を降りると、まず目に飛び込んでくるのが大きな団地です。
駅前ロータリーを囲むように高層の住宅棟が建ち、その先へ歩いていっても団地、また団地。


「どうして洋光台は、こんなに団地だらけなんだろう?」
その理由は、洋光台という街が最初から大規模な住宅地として計画された街だからです。
洋光台の開発が始まったのは1966年(昭和41年)。当時の日本住宅公団、現在のUR都市機構によって、丘陵地を切り開く大規模なニュータウン開発がスタートしました。
計画面積は約207ヘクタール。計画戸数は8,558戸、人口約3万3,000人という、かなり大規模なものでした。
そして面白いのが、住宅だけを先につくったわけではないこと。
当時、国鉄根岸線は磯子駅が終点でしたが、洋光台の街づくりに合わせて鉄道も延伸。1970年(昭和45年)に磯子―洋光台間が開通し、洋光台駅が誕生します。同じ年から洋光台への入居も始まりました。
つまり、「数万人が暮らす団地をつくり、同時期に鉄道と駅も持ってきた」ということになります。
だから洋光台では、駅を出た瞬間から巨大な団地が目の前にあるわけです。
今では当たり前のように見える洋光台の風景ですが、実はここは、高度経済成長期に「駅と街を丸ごと一からつくった」計画都市だったのです。
そして、この新しく誕生した洋光台は、驚くほどの人気を集めることになります。
その人気ぶり、なんと宅地分譲の抽選倍率5,003倍。
