川崎大師駅を降りて最初に思ったことがあります。「川崎大師駅って、川崎大師の目の前じゃないんだ……」


しかも川崎大師駅前の謎 その1で紹介したように、現在の京急の前身である大師電気鉄道は、そもそも川崎大師への参拝客を運ぶことを大きな目的として誕生した鉄道です。
それなのに川崎大師駅から川崎大師の大山門までは、歩いて7~8分ほど。「参拝客を運ぶために造った鉄道なら、もう少し頑張って川崎大師の目の前まで線路を延ばせばよかったのでは?」ということで調べてみました。
川崎大師駅は1899年の開業当時からほぼ同じ場所
調べてみたところ、川崎大師駅はこの大師電気鉄道開業時に造られた駅です。
つまり、「昔は川崎大師の目の前に駅があったが、後から離れた場所へ移転した」
というわけではありません。
そして、現代人と当時の人とでは「最寄り駅」の感覚も少し違ったのかもしれません。
現在なら、「目的地まで徒歩1分」「駅直結」というのは非常に大きな価値があります。
しかし川崎大師の場合、駅から寺までの道そのものが参道です。現在でも川崎大師駅を降りると、表参道を通り、途中から仲見世通りへ入り、大山門へ向かいます。久寿餅、飴、だるま、蕎麦などの店を見ながら歩いていく。考えてみれば、この「歩く部分」も川崎大師参拝の一部です。
もちろん、「参道を歩かせるために意図的に駅を離した」と断定できる資料は確認できませんでした。
しかし川崎大師駅を降りた瞬間から川崎大師の門前町が始まっていると考えた方がしっくりきます。
つまり鉄道ができたことで、「駅から寺までの道」そのものが新しい門前町として発展していったともいえそうです。
結論:川崎大師の建物というよりも参道も含めた一帯が川崎大師であり、それを考えるとむしろ駅降りてすぐに川崎大師ともいえるでしょう
