【洋光台駅前の謎 その1】なぜ洋光台は駅前からこんなに団地だらけなのか?で紹介したように、洋光台は高度経済成長期に誕生した大規模ニュータウンです。
1970年に洋光台駅が開業し、同じ年から団地への入居もスタートしました。そして街ができてからわずか3年後の1973年。
洋光台で行われた宅地分譲の抽選倍率は、なんと5,003倍。
当時、それまでの宅地分譲で最高の倍率を記録するほどの人気だったといいます。5,003倍といえば、単純に考えれば5,003人に1人しか当たらないというとんでもない倍率です。
では、なぜ洋光台はそこまで人気だったのでしょうか?
背景にあったのが、高度経済成長期の急激な人口増加です。
当時の横浜市は「全国一の人口急増都市」と呼ばれるほど人口が増えており、1973年には人口250万人を突破。わずか5年間で約25%、年間平均で約10万人ずつ人口が増えていました。当然、住宅需要も急増します。
一方で当時の公団住宅やニュータウンは、現在の「古い団地」というイメージとはまったく違います。
水洗トイレや浴室、ダイニングキッチンを備え、日当たりや風通しにも配慮された住宅は、当時の人たちにとって新しくて近代的な憧れの住まいでした。公団住宅の募集には希望者が殺到し、高倍率の抽選になることも珍しくありませんでした。
その中でも洋光台は、できたばかりの新しい街。
さらに駅も新設され、横浜駅までは現在でもJRで約20分。鉄道と住宅をセットで整備したニュータウンとして、交通の利便性にも恵まれていました。
今では落ち着いた住宅街となった洋光台ですが、50年以上前には、
「ここに住みたい!」
という人が殺到する、横浜でも屈指の人気ニュータウンだったのです。
現代の家賃感覚でいくらくらいだったの?
では、当時の公団住宅は本当に「庶民でも住みやすい価格」だったのでしょうか。
洋光台への入居が始まった1970年ごろと現在の給与・家賃を、ざっくり比較してみます。
※ここからの数字は、当時の公団住宅の平均家賃や現在の賃貸相場などを使った概算です。条件によって金額は変わるので、「昔と今ではこのくらいの感覚だった」という目安として見てください。
| 1970年ごろ | 現在 | |
|---|---|---|
| 月の給与水準 | 約7万円 | 約35.6万円 |
| 年収換算 | 約84万円 | 約427万円 |
| 家賃 | 公団平均約1.7万円 | 洋光台2LDK約10~15万円 |
| 給与倍率で換算した1970年の家賃 | 現在の約8.5万円相当 | – |
現代の感覚に照らし合わせてみるとなんと約8.5万円で最新の住居に入居できることになります!
今の感覚なら、月8.5万円ほどで「できたての新築マンション」に住めるような感覚です。
当時の一般的家賃と比較しても安かったのか?
| 1971年ごろの試算 | 月額家賃 |
|---|---|
| 公団賃貸住宅 | 約24,700円 |
| 民間土地所有者による賃貸住宅 | 約27,000円 |
| 公営住宅(第一種) | 約13,700円 |
民間より比較的安い家賃で、新築の鉄筋コンクリート住宅と整備されたニュータウンに住めることに大きな魅力があったようです。
