【鴨居駅】なぜ鴨居に『ららぽーと横浜』は誕生したのか?地形が生んだ横浜線の街

鴨居駅前の謎 工場跡地に誕生したららぽーと横浜

横浜線の快速・各駅停車駅鴨居駅。1日平均利用者数が約3.5万人となかなかの規模を誇る。駅区分でいうと大型商業施設共存型駅である。

「鴨居駅」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「ららぽーと横浜」ではないでしょうか。しかし、もし巨大ショッピングモールが誕生していなければ、鴨居は今ほど知られる街ではなかったかもしれません。

実は鴨居駅は、南を丘陵、北を鶴見川に挟まれた、発展できる土地が限られた駅です。長い間、川の北側に広がるわずかな平地は工場として利用され、駅周辺も横浜線沿線の静かな生活拠点という印象でした。

ところが2000年代、その工場跡地が「ららぽーと横浜」へと生まれ変わります。巨大商業施設の誕生によって、鴨居駅は単なる生活駅から、多くの人が訪れる街へと大きく姿を変えました。

今回は、鴨居駅を歩きながら、**「なぜ、この場所にららぽーと横浜が誕生したのか?」**という謎を、地形や街の歴史とともに紐解いていきます。

地図から見てわかる通り南は丘陵、北は鶴見川、川の向こうはわずかな平地があるがその先は丘陵地帯ということで丘陵谷間型駅、もしくは工場・企業アクセス型として栄えてきた。

左が南口。バスロータリーがあり賑わいを見せてる。右が北口。ららぽーとへつながる道として利用者は多い。

 

 

駅前ロータリーと改札前。少々ローカル駅感が感じられる駅舎だ

 

駅の名前の由来は

横浜市の資料でも、「鴨居」という地名は旧村名を引き継いだものと説明されており、語源までは断定していません。

① 鴨が多くいた場所説(最有力)
鶴見川沿いの湿地や水辺に鴨が多く飛来したことから
 

② 「鴨のいる村」説
「居」は「住む場所」「集落」という意味で、
 

③ 神聖な鳥「鴨」説
古代では鴨を神聖視する文化もあり、

 

などがあるが、おそらく鶴見川がそばにあることから①が有力ではないかと思われる。

鴨居駅そばの鶴見川。いかにも鴨がいそうな気もする。

 

街の住みやすさを評価

  • 💰家賃相場  ★★★☆☆
    →ららぽーとの影響で値上がりも手ごろ
  • 🚃交通利便性 ★★★☆☆
    →単一路線も町田・新横浜方面へのアクセス良
  • 🚗車利用   ★★★☆☆
    →横浜港北IC近くも産業道路渋滞がネック
  • 🛒ショッピング★★★★★
    →ららぽーと最寄り駅で文句なしの★5 
  • 🍜グルメ   ★★★★☆
    →駅前の飲食店少ないもららぽーとで押上げ
  • 🛡️災害安全度 ★★★☆☆
    →鶴見川沿いでややハザード地域も全体としては標準的
  • 🏥生活インフラ★★★☆☆
    →医療・公共施設は特に充実してるわけではない

鴨居駅周辺の家賃相場

間取り家賃相場
ワンルーム約7.1万円
1K約8.0万円
1DK約8.9万円
1LDK約11.9万円
2LDK約13.6万円
3LDK約14.8万円

※ファミリー向けは特に手ごろ感がある

 

鴨居駅周辺に住むならこんな人におすすめ!居住者タイプ別評価

単身男性   ◎  
→家賃と利便性のバランス良。

単身女性   ◎ 
→買物便利。夜は静かなエリアも多い。

カップル   ◎
→買い物・映画・外食で休日を過ごしやすい。

ファミリー  ◎
→子育て世帯からの人気も高い。家賃も〇

学生     〇
→家賃手頃。学校へのアクセス次第

高齢者    〇
→平坦な駅周辺は良いが、丘陵地の坂ネック。

外国人    〇
→外国人も多く見られるが、国際色は薄い。

ららぽーと横浜が生活レベル全般を後押ししている感じです

 

鴨居駅周辺の商店街・商業施設

ららぽーと 横浜

鴨居駅から徒歩約7分とアクセスも良く、約280店舗大型ショッピングモールです。映画館もあり飲食店も充実。神奈川県内各地からだけでなく都内からも多くの買い物客が訪れます。街のシンボル的存在。

ららぽーとだけでなくイトーヨーカドーも併設しており、ここだけで1日過ごせてしまう。

 

イオンスタイル 鴨居店

北口がららぽーと横浜なら南口はイオンスタイル。鴨居駅南口から徒歩約2分に位置する、地域密着型の大型スーパーです。1978年に「忠実屋鴨居店」として開業し、その後「ダイエー鴨居店」「イオンフードスタイル鴨居店」を経て、現在のイオンスタイルへと生まれ変わりました。約半世紀にわたり、地域住民の生活を支えてきた駅前の存在です。

 

鴨居駅周辺の見どころ・散歩スポット

鶴見川遊歩道

鶴見川遊歩道は、鴨居駅北側を流れる鶴見川沿いに整備された散策路です。観光地というより、鴨居の街の成り立ちや地形を感じられる「街歩きスポット」

鴨居駅から北口へ出ると、すぐに鶴見川へ向かうことができます。川沿いは高水敷(河川敷)が広く確保されており、ウォーキングやランニング、サイクリングを楽しむ人が多い場所です。

 

鴨居原市民の森

鴨居駅から徒歩20分ほどの鴨居原市民の森は、鴨居駅周辺に残された貴重な里山の面影を残す自然緑地です。駅から少し離れると、住宅地の中に突然現れる雑木林で、「ここが横浜?」と思わせるような場所です。

面積は約2ヘクタールで、横浜市の「市民の森」の一つとして整備されています。大きく分けて南地区(雑木林)と北地区(竹林)の2つのエリアがあります。

鴨井原市民の森横浜市のHP

 

鴨居駅前 2つの謎

【鴨居駅前の謎 その1】なぜこの場所にららぽーと横浜ができたのか?

なぜ横浜の中心でもない鴨居に、横浜北部を代表する大型商業施設ができたのか?疑問に感じた方は多いでしょう。

答え① 巨大な土地が空いたから
 

現在のららぽーと横浜の場所は、もともとNEC(日本電気)横浜事業場の跡地でした。NECの事業場閉鎖に伴い、約10万㎡という巨大な土地が市場に出ました。

大型ショッピングモールに必要なのは、

  • 10万㎡級のまとまった土地
  • 大量の駐車場
  • 周辺道路
  • 鉄道アクセス

ですが、横浜市内でこれだけの土地を確保するのは非常に難しいです。
横浜駅周辺や港北ニュータウン中心部では、逆に土地が細分化されていて、この規模の施設は作りにくい。つまり、

「鴨居だったから作った」のではなく、「ここに巨大な空き土地ができたから鴨居になった」

という面が大きいです。

答え② 横浜市内陸部の商業空白地帯だった

2000年代前半の横浜北西部・内陸部は、人口は多いのに大型商業施設が少ない地域でした。
三井不動産も当時、

  • 横浜市内陸部は人口集積がある
  • 大型郊外商業施設が不足している
  • 幹線道路アクセスが良い

という点を評価していました。周辺を見ると、

  • 港北ニュータウン
  • 緑区
  • 青葉区
  • 都筑区
  • 神奈川区北部

など、車利用のファミリー層が多いエリアです。つまり商圏人口は十分あったわけです。
 

答え③ 実は車アクセスが良かった

鴨居というと横浜線のローカル駅という印象がありますが、車目線では悪くありません。周辺には、

  • 緑産業道路
  • 横浜上麻生道路
  • 第三京浜港北IC

などがあり、広域から集客できる条件がありました。ららぽーと横浜は約4,600台規模の駐車場を備えており、郊外型モールとして車客を大量に受け入れる設計になっています。

 

答え④ 2000年代は「工場跡地再開発」の時代だった

2000年代は、

  • 工場移転
  • 企業所有地売却
  • 規制緩和
  • 郊外型大型商業施設ブーム

が重なった時代でした。鴨居だけではなく、

  • 川崎駅西口(東芝跡地)
  • 豊洲(工場跡地)
  • 横浜みなとみらい(工場・造船所跡地)

など、「大企業の土地」が街を変えるケースが多くありました。

鴨居の場合は、それがららぽーと横浜だったわけです。

特に大きかったのは規制緩和です
2000年に大規模小売店舗法が廃止され、大規模小売店舗立地法へ移行、全国に大型ショッピングモールを誕生させる追い風となりました。鴨居もその恩恵を受け、2007年にららぽーと横浜が開業。しかし、その後は郊外大型店による中心市街地への影響が問題視され、現在では同規模の新規開発はかなりハードルが高くなりました。ららぽーと横浜は、まさに大型商業施設時代の転換期に生まれた施設だった。

 

【鴨居駅前の謎 その2】そもそもなぜこの地に大工場があったのか?

現在、ららぽーと横浜が建つ場所。しかし、かつてここには巨大な工場が存在していました。
なぜ都心でも臨海部でもない鴨居に、大企業の大規模事業所が作られたのでしょうか。その理由を探ると、横浜の都市発展の歴史が見えてきます。

 

① 昭和初期までの鴨居は「農村」だった

現在の鴨居からは想像しにくいですが、昭和の初め頃まで、この地域は横浜北部の農村地帯でした。鶴見川沿いの低地には田畑が広がり、南側の丘陵には雑木林が残る、いわゆる「谷戸の里山風景」が広がっていました。

当時は横浜中心部からも離れており、大規模な工業地帯という雰囲気ではありませんでした。

 

② 戦後、高度経済成長で「広い土地」が求められる

大きく変わるのは戦後です。1950年代後半から1960年代、日本は高度経済成長期に入りました。

企業は、

  • 工場の拡大
  • 研究開発拠点の確保
  • 大量生産体制の構築

のため、広い土地を必要としていました。しかし、横浜駅周辺や京浜工業地帯の中心部はすでに土地が不足し、地価も上昇していました。そこで注目されたのが横浜北部でした。

 

③ 鴨居は「工場を置く条件」が揃っていた
 

鴨居には、大規模事業所を置くうえで好条件がありました。

・ 広い土地が確保できる
当時の横浜北部はまだ農地や未利用地が多く、まとまった土地を取得しやすい地域でした。

・ 都心へのアクセス
1960年代以降、横浜線の利用価値が高まり、横浜方面や東京都心方面へのアクセスも確保されました。

・ 住宅地としても発展できる
工場ができれば従業員が必要になります。
その周辺には住宅地が形成され、街が成長していきます。

 

④ NEC横浜事業場の誕生


その流れの中で、NEC(日本電気)は1969年に横浜事業場を開設しました。NEC
ここでは電子機器や情報通信関連の研究・開発拠点としての役割を担い、長年にわたり鴨居の象徴的な存在となりました。また、鴨居周辺にはNECだけでなく、パナソニックなどの大規模事業所も立地し、横浜北部の工業エリアとして発展しました。

⑤ そして時代が変わる


しかし、平成に入ると産業構造が変化します。
・国内生産から海外生産へ
・工場から研究開発拠点へ
・大規模事業所の再編
が進みます。かつて街を支えた巨大事業所は、その役割を終えることになりました。
NEC横浜事業場の跡地は、その後三井不動産によって開発され、2007年にららぽーと横浜として生まれ変わります。

※土地的観点

真ん中の「+」がららぽーと横浜のあたりである。青が低地、赤が丘陵(海抜30m以上)となっている。東はすでに川崎や京浜工業地帯で使われており、北も南も西も丘陵地帯。このららぽーと横浜の場所が大工場を立てやすい合理的な場所だというのが直感的にわかる。

 

鴨居駅前の今後の展望

鴨居駅の今後を考えると、すでに完成した強みを維持していく街として評価されていくでしょう。
ららぽーと横浜ができて約20年。付近にはららぽーと横浜すぐということで多くのマンションが建ってきました。そして規制緩和からの規制によりこのサイズの商業施設がなかなか造りにくくなってきました。
鴨居駅周辺は完成されながら維持しつつ、その希少性がじわじわ増してくる街ではないでしょうか。

 

鴨居駅前調査のまとめ

この駅を語るのにやはりららぽーと横浜の存在は欠かせません。しかし、南口にはイオンスタイルや昔ながらの商店街があり、人情あふれる面も感じられます。物件も手軽であり、単身からファミリーなど様々な方に住みやすい街となっております。地方だと駅前がさびれてしまうことも多いですが、鴨居駅はららぽーと横浜と共存しながら持続していく駅前かと思いました。

 

おまけ

鴨池大橋から見る鶴見川。これだけ人口密集地にありながら川は美しい。魚が泳いでるの見ることができた。

 

南口駅前商店街の写真。商店街そのものより奥の住宅が高台になっており、丘陵地帯であることを認識できる。

 

産業道路は渋滞がネック。特に土日のららぽーと横浜周辺は大変混雑する。