【鴨居駅前の謎 その1】なぜこの場所にららぽーと横浜ができたのか?

謎

なぜ横浜の中心でもない鴨居に、横浜北部を代表する大型商業施設ができたのか?疑問に感じた方は多いでしょう。

答え① 巨大な土地が空いたから
 

現在のららぽーと横浜の場所は、もともとNEC(日本電気)横浜事業場の跡地でした。NECの事業場閉鎖に伴い、約10万㎡という巨大な土地が市場に出ました。

大型ショッピングモールに必要なのは、

  • 10万㎡級のまとまった土地
  • 大量の駐車場
  • 周辺道路
  • 鉄道アクセス

ですが、横浜市内でこれだけの土地を確保するのは非常に難しいです。
横浜駅周辺や港北ニュータウン中心部では、逆に土地が細分化されていて、この規模の施設は作りにくい。つまり、

「鴨居だったから作った」のではなく、「ここに巨大な空き土地ができたから鴨居になった」

という面が大きいです。

答え② 横浜市内陸部の商業空白地帯だった

2000年代前半の横浜北西部・内陸部は、人口は多いのに大型商業施設が少ない地域でした。
三井不動産も当時、

  • 横浜市内陸部は人口集積がある
  • 大型郊外商業施設が不足している
  • 幹線道路アクセスが良い

という点を評価していました。周辺を見ると、

  • 港北ニュータウン
  • 緑区
  • 青葉区
  • 都筑区
  • 神奈川区北部

など、車利用のファミリー層が多いエリアです。つまり商圏人口は十分あったわけです。
 

答え③ 実は車アクセスが良かった

鴨居というと横浜線のローカル駅という印象がありますが、車目線では悪くありません。周辺には、

  • 緑産業道路
  • 横浜上麻生道路
  • 第三京浜港北IC

などがあり、広域から集客できる条件がありました。ららぽーと横浜は約4,600台規模の駐車場を備えており、郊外型モールとして車客を大量に受け入れる設計になっています。

 

答え④ 2000年代は「工場跡地再開発」の時代だった

2000年代は、

  • 工場移転
  • 企業所有地売却
  • 規制緩和
  • 郊外型大型商業施設ブーム

が重なった時代でした。鴨居だけではなく、

  • 川崎駅西口(東芝跡地)
  • 豊洲(工場跡地)
  • 横浜みなとみらい(工場・造船所跡地)

など、「大企業の土地」が街を変えるケースが多くありました。

鴨居の場合は、それがららぽーと横浜だったわけです。

特に大きかったのは規制緩和です
2000年に大規模小売店舗法が廃止され、大規模小売店舗立地法へ移行、全国に大型ショッピングモールを誕生させる追い風となりました。鴨居もその恩恵を受け、2007年にららぽーと横浜が開業。しかし、その後は郊外大型店による中心市街地への影響が問題視され、現在では同規模の新規開発はかなりハードルが高くなりました。ららぽーと横浜は、まさに大型商業施設時代の転換期に生まれた施設だった。

 

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