鶴見市場駅に降りても、肝心の「市場」はどこにも見当たりません。
では、なぜ現在まで「市場」という名前が残っているのでしょうか。
その歴史は意外なほど古く、京急によると天文年間(1532~1554年)ごろまでさかのぼります。当時この付近は現在より海が近く、漁業や製塩業が盛んな地域でした。そこで海産物を売買する「市」が開かれるようになったことから、「市場」と呼ばれるようになったとされています。
その後、「市場」は地域名として定着し、江戸時代には「市場村」と呼ばれるようになります。
つまり、
「海産物の市が開かれる」
→「市場という地名が定着する」
→「市場村となる」
→「市場上町・市場下町・市場銀座商店街などに名前が残る」
→「駅も鶴見市場駅と名付けられる」
という流れです。
つまり現在の「鶴見市場」という名前は、今ここに市場があることを表しているのではなく、かつての市場を由来とする地名が駅名になったものだったのです。
