【中山駅前の謎 その1】なぜグリーンラインの終点は鴨居駅でなく中山駅なのか?

謎

地図を見てほしい。グリーンラインはセンター北・南を通り横浜線へ接続するとなると候補は鴨居駅と中山駅になる。ここで多くの方は思うかもしれない。「鴨居駅へ接続して、ららぽーとの北側に池辺町駅なんかを作ったほうが利用者多くない?」と。

確かに私まちおもそう考えてしまいました。どうして中山に作ったのか考えてみました。

説1 実際の距離が中山駅の方が近い
実は鴨居駅と同等の距離に見えるものの、中山の方が圧倒的に近いのでは?と考えました。

グーグルマップ徒歩モードで調べた結果
センター南から中山駅 4.9km
センター南から鴨居駅 4.8km

ほぼ同じ距離です。この説は違いますね。
 


説2 計画当時の駅利用人数が中山駅の方が多かった?
実は中山駅の方が利用者が多かったので中山駅に接続したのではないでしょうか。

1991年時点で、
中山駅:約27,546人/日
鴨居駅:約32,256人/日
なので、すでに鴨居の方が約4,700人多い。
2000年でも、

中山:約30,237人
鴨居:約36,173人
と差が広がっています。これでは説明がむしろ逆ですね。

もっと昔のデータも拾いたかったですが、おそらく圧倒的に違うような気はしませんね。

 


説3 実は中山駅は本当の終着駅ではない?
グリーンラインが作り途中でその先への延伸を想定していたため中山駅を選んだのでは?と考えました。

 
私まちお、調べました。
グリーンラインは港北ニュータウンから一番近いJR駅へつなぐ線ではなく、もともと横浜環状鉄道の一部として計画された路線です。現在も横浜市は、将来的な横浜環状鉄道として「中山~二俣川~東戸塚~上大岡~根岸~元町・中華街」という延伸構想を位置付けています。つまり中山は、単なる終点というより将来さらに南西へ伸ばすための結節点だったわけです。

そうか二俣川に接続するから中山にしたのかな?では二俣川までの距離を調べてみよう。

グーグルマップ徒歩モードで調べた結果
中山駅から二俣川駅 6.6km
鴨居駅から二俣川駅 7.2km

確かに中山駅の方が近い!とは言っても決定的な数字差ではないですね。これも違いそうです。

説4 中山駅に緑区総合庁舎があるからなのでは?

説1・2・3ともになぜ中山駅に接続したのかという決定打はありません。考えられるのが横浜市営ということなので庁舎がある中山に接続したのではという考えです。これは歴史を振り返ると見えてきました。

まず重要なのは、1981年の「よこはま21世紀プラン」時点ですでに『鶴見~港北ニュータウン~中山』というルートが明確に位置づけられていたことです。つまり、中山終点の思想はグリーンライン開業直前に決まったものではなく、少なくとも1981年には固まっていました。

そして、その直前の中山を見ると意味深です。緑区は1969年に発足し、1972年には緑区総合庁舎が現在地の寺山町へ移転しています。さらに1973年には緑警察署が開設。つまり地下鉄ルートが中山まで伸びる方針になる約10年前には、すでに中山周辺が「緑区の行政中心」として整備されていました。

ここはかなり大きいです。時系列にすると、

1962年 鴨居駅開業

1969年 緑区発足

1972年 緑区総合庁舎が中山・寺山町へ移転

1973年 緑警察署も中山周辺へ

1981年 「鶴見~港北ニュータウン~中山」の鉄道計画が明記

1983年 中山駅橋上化・北口区画整理

1985年 中山駅前デッキ完成

2008年 グリーンライン中山~日吉開業

です。

すなわち計画した時点ではどちらの方が利用者が多いとか利用価値があるとかいう着眼点ではなく行政・地域拠点として位置付けられていた中山を横浜環状鉄道へ組み込んだ可能性は高そうです。

結論

当時の横浜市から見れば、緑区の行政機能が集まり、地域拠点として整備を進めていた中山へ地下鉄を通すのは、いわば「王道」の選択だったのでしょう。

ところが、その後の街は思わぬ方向へ進みます。

2007年、鴨居に「ららぽーと横浜」が開業。鴨居は横浜北部でも有数の集客力を持つ街へ変化しました。一方、中山から二俣川方面へ伸びるはずの横浜環状鉄道は、現在も構想段階です。

もし2026年の街を見て、もう一度ゼロからルートを決めるとしたら――果たして横浜市は、それでも中山を選ぶのでしょうか?

まちお的には「鴨居駅接続+池辺町駅」、ちょっと見てみたかった気もします。

とはいえ、それは50年後の街を知っている私たちだから言えること。当時としては中山が合理的だったものの、結果的には鴨居もかなり魅力的な選択肢になった――というのが今回の結論です。

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