【東神奈川駅前の謎 その5】昔使っていた貨物線はどこに消えた?旅客利用されなかった理由は?

謎

横浜線の前身である横浜鉄道は、八王子や甲信地方で生産された生糸などを横浜港へ運ぶ目的で建設された鉄道です。東神奈川駅から港へ向かう貨物支線は、その目的を実現する重要なルートでした。

当時は、おおむね次のようにつながっていました。

八王子方面
↓ 横浜線
東神奈川駅
↓ 貨物支線
東高島駅・海神奈川駅

横浜港の倉庫・埠頭

その後、日本の主要輸出品が生糸から工業製品へ移り、八王子方面から横浜港へ運ばれる貨物も減少しました。加えて、港湾貨物は鶴見方面から東高島を通る高島線へ集約され、トラック輸送も普及します。こうして東神奈川駅から港へ直接延びる貨物支線は役割を失い、1959年に廃止されました。

生糸産業の衰退や物流構造の変化が、東神奈川貨物線の廃止につながったといえるでしょう。

なぜ旅客線として残さなかったのか?
貨物線の終点や沿線は横浜港の倉庫・埠頭に近く、一般の住宅地からは離れていました。鶴見線沿線や南武支線のように大規模な工場が連続していたわけでもなく、東神奈川駅からの距離も比較的短かったため、旅客路線として残すほどの需要は生まれなかったと考えられます。 

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