【新子安駅・京急新子安駅】横浜と川崎の間でなぜ発展しない?“分断された街”の正体を探る

新子安駅 京急新子安駅

横浜駅からわずか2駅。京浜東北線と京急本線が利用できる新子安駅・京急新子安駅は、交通利便性だけ見ればもっと発展していても不思議ではない街です。

しかし実際に駅前を歩いてみると、商業施設オルトヨコハマだけで、賑やかな商店街は見当たりません。なぜ新子安は横浜と川崎という二大都市の間にありながら、大きく発展しなかったのでしょうか。

💰家賃相場  ★★★★☆ 交通利便性の割には安め
🚃交通利便性 ★★★★☆ JR京浜東北線・京急の2路線が利用可能。横浜川崎至近
🚗車利用   ★★★★★ 首都高インター近い。国道1号・15号ともすぐ
🛒ショッピング★★★☆☆ オルトヨコハマ・OKストア頼み。商店街無し
🍜グルメ   ★★☆☆☆ 飲み屋系は多いがあえて来るレベルが少ない
🛡️災害安全度 ★★★☆☆ 海抜低くはないが海が近い
🏥生活インフラ★★★☆☆ 商業施設あるが、公園・病院など少な目

 

「横浜の隣にある実力派ベッドタウン」

 

単身男性   ◎  家賃と交通利便性のバランス
単身女性   ○  夜はやや人通り少ない
カップル   ○  交通買い物バランスOK
ファミリー  ○  公園が少ない。大通り多い
学生     △  遊び場少な目
高齢者    ○  静かな住環境・高齢者多目
外国人    ○  交通利便良し。コミュニティ少なめ

 

JR京浜東北線・京浜急行の2路線が利用可能。1日の乗車平均人数はJRが約2.1万人、京急が約0.7万人と実に利用者数が多い駅である。横浜まで6分・川崎まで8分と交通利便性は高い。

しかしこれだけの利便性と利用者数に対し、駅前は珍しく商店街が存在せず、あるのはオフィス・住宅・商業施設が一体となった「オルトヨコハマ」のみとなっている。なぜ発展しなかったのかなどを含めてこの駅前の謎を解いていく。

 

📜名前の由来は地域の名前から
 

もともとこの一帯は、現在よりはるかに広い範囲が 「子安村」 と呼ばれていました。この地域には古くから安産信仰があったそうで、子安という地名が名付けられていたそうです。

その後、1910年に京急の前身である京浜電気鉄道が駅を設置した際、既に子安という地域名が定着していたため、「子安の新しい駅」「新子安」と名付けられた。

以外かもしれないが京急が先(1910年)でJRがあと(1943年)である。JRが名前を横取りしたのに京急側が「京急新子安」に名前を変えたという歴史があるのは少々皮肉さを感じる。

 

街の住みやすさを調査!

車電車共に交通利便性はかなり優秀。では街自体の住みやすさはどうか?

まず北には国道1号線、南には国道15号線がありこの間が一般的に新子安として認識すされている。
住宅はマンション・戸建て・アパートと多岐にわたるが、決定的なのが商店街が存在しない。
ただ、オルトヨコハマには必要最低限のお店が揃っており、生活には不便ではない。少し歩けば激安スーパー「OK」もあるため、生活に困ることはない。

繁華街ではない、娯楽施設も少ないなど治安面も良好で高齢者の居住も多い。

 

商店街・商業施設

駅から徒歩圏内で日々利用するなら「オルトヨコハマ」か「オーケー 新子安店」の2択。
それ以外の目立った施設・商店街は存在しないと言っても過言ではない。

【オルトヨコハマ】

新子安のシンボルオルトヨコハマタワーマンションの下にある商業施設。相鉄ローゼンを始め、様々なお店が揃っているが、あえて訪れる要素は少なく感じる。

 

【オーケー 新子安店】

Everyday Low Priceをテーマに価格の安さに定評があり、地域住民の生活を支える存在となっている

 

見どころ・散歩スポット

特にみるところが少ない新子安ではあるが、実はトマトケチャップの発祥地であるのは意外な点である。

【トマトケチャップ発祥の土地のシンボル】

国道15号線沿いにあるシンボル。この値がトマトケチャップ発祥の地であるのは謎が深まる。

💡【新子安の謎その1】なぜ街が発展しなかったのか?

これだけ利便性が高いのに近くの鶴見や大口に比べ街が発展してない。商店街がないのも珍しい。
歩いてみると発展しなかった理由が見えてきた

その1 近隣都市が強すぎた

川崎や横浜が商業施設として栄えている。そこまでの利便性高すぎる故に皆そちらを利用してしまい、この街に商業施設ができなかった。

 

その2 商店街となる土地が少ない

北は国道1号・南は国道15号に挟まれ、土地が分断されて土地が少ない。国道1号の北は丘陵地、国道15号南は海+工場と商店街や商業施設ができる要素が限定的。

国道15号や産業道路など主要道路が大きすぎ、分断の要素に。

 

 

その3 線路が高架化されてなく踏切で街が分断されてしまう 

周辺駅の生麦や花月総持寺もそうですが、線路が高架化されてないため踏切待ち渋滞が良く起こります。歩行者もかなり待つことが多いエリアです。JRの方は陸橋と歩道橋でクリアしてますが京急の方はまだ未着手。人・車の行き来が限定的になり発展が妨げられてます。

取材時も長いと5分~10分くらい待つときもありました。 

 

その 駅前に由緒ある寺院・墓地の存在

JRと京急線の間のこのあたりでの一等地には由緒ある「日蓮宗 正光山 本慶寺」が存在する。
歴史ある寺院で住民一同守り続けた場所であり、ここを開発するわけにはいかない。

開発地の少なさもあるが利便性の高さがネックになり発展しなかったと思われる。
すなわち必要最低限の商業施設がある利便性の高いベッドタウンという評価が正しそうだ。

 

💡【新子安の謎その2】なぜトマトケチャップ発祥の地なのか?

農地が多い街ならわかるが、農地が全くなく京浜工業地帯のど真ん中がトマトケチャップ発祥の地とは意外である。多分この界隈に住む人々も知っている人は限定的と思われる。

説明文をわかりやすくするとこうだ

鎖国が終わり、横浜が開港する
 ↓
外国の文化が入ってきて居留外国人が農地を開拓する
 ↓
子安が昔の主要街道「東海道沿い」だったため生産・流通が盛んになる
 ↓
めちゃくちゃトマト農家が増えたので清水興助がトマトケチャップ生産を手掛ける←トマトケチャップ発祥
 ↓
京浜工業地帯が発達
 ↓
畑が工場になる

 
この構造でどうだろうか。ちなみに清水屋のケチャップは今でもブランドケチャップとして有名であり、1本約1,000円で販売している(300g)。横浜市民ならずとも一度は食してみたいものだ。


💡【新子安の謎その3】なぜタワーマンションがURなのか?

新子安駅前のランドマークであるオルトヨコハマ。その中でもひときわ目を引くのが高層住宅棟です。

一見すると一般的な分譲タワーマンションのように見えますが、実はその多くがUR賃貸住宅となっています。なぜ駅前一等地にある高層住宅が分譲ではなくURなのでしょうか。

その理由は、オルトヨコハマが単なるマンション開発ではなく、オフィス・商業施設・住宅を一体的に整備する大規模再開発事業として計画されたためです。当時の住宅・都市整備公団(現在のUR都市機構)が事業に参加し、大量の住宅供給を担いました。

1990年代から2000年頃にかけては、企業の社宅跡地などを活用した大規模再開発が各地で行われていました。オルトヨコハマもその一つであり、分譲住宅だけでなく賃貸住宅を大量に供給することで、新たな住民を呼び込む役割が期待されていたのです。

駅前のタワーマンションがURというのは珍しい存在ですが、それはオルトヨコハマが単なるマンションではなく、「街そのものを作る再開発プロジェクト」だったことの名残と言えるでしょう。


なぜデベロッパーが手掛けなかったのか?

私の推測ですが「旨味が少なかった」からではないでしょうか。
元々商業施設がない、家賃も安め、さらなる開発場所も限定的というのもあり将来性が薄いと思われます。そのため手をあげたのが公共性も重視し、当時の住宅・都市整備公団が事業の中心となったURだったのではなのでしょうか。

ちなみに住宅は人気がありすぎて空きがない状態。その反面オフィス棟は一部の企業が入っているものの空きが多いように見られます。

上の階は募集中みたいです。(2026年6月現在)
工業地帯・横浜・川崎1本と利便性が相当高い場所です。もしこの記事を見た大企業の方がおりましたら一度検討してみてはいかがでしょうか?

 

新子安の今後について

利便性の高さと限定された開発地として一見地味な駅前という評価になりがちですが、ベッドタウンとしては非常に優秀です。加えて車利用も便利という側面も持った何とも贅沢な街です。再開発の余地は少ないですが、この地は安定的に緩やかに成長していくと思われます。
家賃も周辺に比べて比較的安い物件が多いです。是非一度住まいを検討されるのも良いかもしれませんね!

 

おまけ

工業地帯近くということもあり、飲み屋が多いです。

 

宿泊施設「東急イン」があります。主要駅でないのにこの規模の宿泊施設は珍しい。やはり利便性の高さ故なのでしょうか。

 

陸橋やら歩道橋やらペデストリアンデッキやらがめちゃくちゃある駅前です。開かずの踏切に苦労されたのが良くわかります。一度歩くと迷路のような駅前という表現ができると思います。

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