【山手駅前の謎 その4】なぜ山手周辺に名門校が集中しているのか?

謎

読者からこんな疑問をいただきました。

山手周辺には名門校がかなり多いのですがどうしてでしょうか?

まちおが調べてみました!

緑ケ丘高等学校、聖光学院中学校高等学校、フェリス女学院中学・高等学校、横浜雙葉中学・高等学校、横浜共立学園中学・高等学校などこの地域に集まる学校はいずれも高い知名度を持つ伝統校です。


なぜ、この地域にこれだけの名門校が集中しているのか?

結論から言えば、山手が高級住宅地だったから名門校が集まったのではなく、開港後の外国人居留地に宣教師が学校を開き、それらが長い歴史の中で名門校になったからです。

当時来日した欧米の女性宣教師や修道女は、キリスト教の伝道と女子教育を目的に学校を開設しました。幕末から明治初期にはキリスト教への制限も残っていたため、外国人居留地である山手は活動拠点として都合のよい場所でした。

山手では明治初期から、

  • フェリス女学院:1870年創立、1875年に山手へ移転
  • 横浜共立学園:1871年、山手48番地で創立
  • 横浜雙葉学園の前身:山手の修道女による教育活動を起源とする
  • 横浜英和学院や捜真学院の前身となる学校

など、女子ミッションスクールが相次いで誕生しました。横浜開港資料館は、横浜を「ミッションスクール発祥の地」と位置付けています。

その後、これらの学校が長年にわたって教育実績を積み、卒業生を送り出したことで、山手には「伝統ある学校が集まる文教地区」という評価が定着しました。戦後には聖光学院も周辺に立地しました。

また、丘陵地で比較的大きな校地を確保できたこと、港や繁華街に近い一方で静かな住環境だったことも、学校に適した条件でした。現在では地区計画によって、学校、教会、歴史的建造物、緑地が一体となった文教環境そのものが保全されています。

つまり、名門校が山手を選んで集まったというより、外国人居留地だった山手に近代教育の学校が早くから生まれ、150年近い時間をかけて名門校へ成長した結果なのです。

学校区分
横浜緑ケ丘高等学校県立・非ミッション系
聖光学院中学校・高等学校カトリック系
フェリス女学院中学校・高等学校プロテスタント系
横浜雙葉中学校・高等学校カトリック系
横浜共立学園中学校・高等学校プロテスタント系(超教派)

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